ローカル線の思い出-大船渡線
大船渡線は一ノ関から盛までの105.7kmを走るローカル線である。東日本大震災で被災した気仙沼~盛間は線路跡をバスが走るBRT(バス・ラピッド・トランジット)区間になっている。
2006年6月に一ノ関から気仙沼まで往復した。なお気仙沼から盛までの区間については1989年8月に三陸鉄道を八戸から小牛田まで縦断したことがあり、その時に乗車した。
仙山線が遅れて乗り換え時間が2分しかなかったので新幹線ホームまで走ったが、仙台11時42分発のやまびこ47号は仙山線からの接続をとるために2分遅れで発車した。一ノ関には12時16分に着いた。駅構内でざるそばの昼食。
13時05分発の大船渡線はキハ100系2両のワンマン気動車である。セミクロスシート車。乗車率は20%で空いている。谷あいの里山の中を行く。今ひとつ特徴がないけれど、いかにも日本の山里の車窓風景である。気仙沼には2分遅れの14時30分着。
同じホームの向かいに14時30分発のすれ違い列車である一ノ関行きの快速・スーパードラゴンが停まっており、これに素早く乗り込んだ。私以外にそのような行動に出た人はいなかった。駅から外に出ることもなく、もと来た方向に折り返すわけであるから、普通の人はやらないであろう。しかし大船渡線を効率よく乗りつぶすにはこれがベストの乗り方なのであった。
実はこの時の計画で一番心配したのはこの駅での折り返しで、乗り換え時間が2分しかないから、ホームが違っていれば乗り換えは間に合わないかもしれない。行きの列車が遅れてはらはらしたのであるが、うまく乗り換えられてほっとした。
帰りはボックス席の窓際が空いていなかったので、ロングシートでうとうとする。15時38分に一ノ関に戻ってきた。
写真は帰りの快速最後尾から見た気仙沼駅。ホームの左側の車両が気仙沼まで乗ってきた列車(2006年6月30日撮影)。
最後尾から見た帰りの車窓風景(2006年6月30日撮影)。
2006年6月に一ノ関から気仙沼まで往復した。なお気仙沼から盛までの区間については1989年8月に三陸鉄道を八戸から小牛田まで縦断したことがあり、その時に乗車した。
仙山線が遅れて乗り換え時間が2分しかなかったので新幹線ホームまで走ったが、仙台11時42分発のやまびこ47号は仙山線からの接続をとるために2分遅れで発車した。一ノ関には12時16分に着いた。駅構内でざるそばの昼食。
13時05分発の大船渡線はキハ100系2両のワンマン気動車である。セミクロスシート車。乗車率は20%で空いている。谷あいの里山の中を行く。今ひとつ特徴がないけれど、いかにも日本の山里の車窓風景である。気仙沼には2分遅れの14時30分着。
同じホームの向かいに14時30分発のすれ違い列車である一ノ関行きの快速・スーパードラゴンが停まっており、これに素早く乗り込んだ。私以外にそのような行動に出た人はいなかった。駅から外に出ることもなく、もと来た方向に折り返すわけであるから、普通の人はやらないであろう。しかし大船渡線を効率よく乗りつぶすにはこれがベストの乗り方なのであった。
実はこの時の計画で一番心配したのはこの駅での折り返しで、乗り換え時間が2分しかないから、ホームが違っていれば乗り換えは間に合わないかもしれない。行きの列車が遅れてはらはらしたのであるが、うまく乗り換えられてほっとした。
帰りはボックス席の窓際が空いていなかったので、ロングシートでうとうとする。15時38分に一ノ関に戻ってきた。
写真は帰りの快速最後尾から見た気仙沼駅。ホームの左側の車両が気仙沼まで乗ってきた列車(2006年6月30日撮影)。
最後尾から見た帰りの車窓風景(2006年6月30日撮影)。
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